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東京地方裁判所 平成10年(刑わ)463号 判決 1998年9月25日

主文

被告人を懲役二年四月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人から金四四七万二九四一円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四三年三月一六日大蔵事務官に任官し、平成四年七月二〇日から平成六年七月一五日までの間、大蔵省銀行局総務課課長補佐として、金融機関に関する政策一般の企画及び立案等の職務に従事し、平成六年七月一六日から平成七年六月三〇日までの間、同省大臣官房金融検査部審査課課長補佐兼金融証券検査官として、検査報告書の審査及び金融検査の結果に基づく金融検査に関する事務の遂行に必要な処理並びに金融機関の業務及び財産の検査等の職務に従事し、平成七年七月一日から平成一〇年一月三一日までの間、同部管理課課長補佐として、金融検査の方針及び実施計画の樹立並びに金融検査に関する事務の指導監督等の職務に従事してきたものであるが、

第一  別表一記載のとおり、平成五年九月一一日ころから平成九年八月二〇日ころまでの間、前後一五回にわたり、静岡県駿東郡小山町用沢一四四二番地の二三所在の「富士国際ゴルフ倶楽部」等において、株式会社三菱銀行(平成八年四月一日以降は合併により株式会社東京三菱銀行)企画部調査役のAらから、新規金融商品に関する行政指導において便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨並びに同銀行に対する大蔵省大臣官房金融検査部による検査に際し、検査期日及び臨検店舗の事前漏洩等種々便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計金一三九万六二四三円相当の飲食、ゴルフの接待等の供与を受け、

第二  別表二記載のとおり、平成六年七月二三日ころから平成八年一一月六日ころまでの間、前後八回にわたり、埼玉県飯能市平松四七〇番地所在の「久迩カントリークラブ」等において、株式会社第一勧業銀行企画部次長のBらから、同銀行に対する大蔵省大臣官房金融検査部による検査に際し、検査期日及び臨検店舗の事前漏洩等種々便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計金三二万九二一二円相当の飲食、ゴルフの接待等の供与を受け、

第三  別表三記載のとおり、平成六年七月二九日ころから平成九年九月下旬ころまでの間、前後三四回にわたり、東京都新宿区荒木町二番地所在の「亜留豪」等において、株式会社三和銀行企画部部長代理のCらから、判示第二記載の趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計金一三六万九四二七円相当の飲食、ゴルフの接待等の供与を受け、

第四  別表四記載のとおり、平成六年八月一〇日ころから平成九年五月九日ころまでの間、前後一一回にわたり、東京都港区赤坂六丁目二番一二号所在の「しる芳」等において、株式会社北海道拓殖銀行顧問のDらから、判示第二記載の趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計金四二万六九〇三円相当の飲食、ゴルフの接待等の供与を受け、

第五  別表五記載のとおり、平成六年一〇月二二日ころから平成九年七月一八日ころまでの間、前後一七回にわたり、山梨県大月市富浜町鳥沢七〇八四番地所在の「大月カントリークラブ」等において、株式会社住友銀行企画部上席部長代理のEらから、判示第二記載の趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計金六九万五八〇三円相当の飲食、ゴルフの接待等の供与を受け、 第六 別表六記載のとおり、平成八年七月一二日ころから平成九年八月一四日ころまでの間、前後六回にわたり、株式会社三和銀行企画部部長代理のFから、判示第二記載の趣旨の下に自己の飲食代金を自己に代わって支払ってもらうものであることを知りながら、東京都千代田区《番地略》所在の同銀行東京営業部から東京都中央区銀座八丁目九番一号所在の株式会社東京三菱銀行銀座支店のG名義普通預金口座(口座番号《略》)ほか二口の預金口座に、合計二五万五三五三円を振り込んでもらい、先に被告人が東京都港区赤坂三丁目一八番一〇号所在の「透青」ほか二か所の飲食店で飲食した代金を被告人に代わって支払ってもらい、右金額相当の利益の供与を受け、もって、いずれも自己の職務に関して賄賂を収受したものである。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の一ないし六、判示第二の一ないし六、判示第三の一ないし一〇、判示第四の一、判示第五の一の各所為は、いずれも平成七年法律第九一号による改正前の刑法一九七条一項前段に、判示第一の七ないし一五、判示第二の七、八、判示第三の一一ないし三四、判示第四の二ないし一一、判示第五の二ないし一七、判示第六の一ないし六の各所為は、いずれも刑法一九七条一項前段に該当するところ、以上は併合罪であるから、同法四五条前段、四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の一〇の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年四月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、被告人が判示各犯行により収受した賄賂は没収することができないので、判示第一の一ないし六、判示第二の一ないし六、判示第三の一ないし一〇、判示第四の一、判示第五の一については、いずれも右改正前の刑法一九七条の五後段により、判示第一の七ないし一五、判示第二の七、八、判示第三の一一ないし三四、判示第四の二ないし一一、判示第五の二ないし一七、判示第六の一ないし六については、いずれも刑法一九七条の五後段により、それらの価額の合計金四四七万二九四一円を被告人から追徴する。

(量刑の理由)

本件は、大蔵省大臣官房金融検査部等の課長補佐であり、かつ、金融証券検査官であった被告人が、大手都市銀行のいわゆる「モフ担」と呼ばれる大蔵省担当者らから、金融検査部による検査に際し、検査期日及び臨検店舗の事前漏洩等種々便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたいなどの趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、都市銀行五行から、合計四二一万七五八八円に上る飲食、ゴルフの接待等を受け、あるいは、都市銀行一行に対し、飲食代金合計二五万五三五三円のつけ回しをし、もって、自己の職務に関して賄賂を収受したという事案である。

そもそも銀行に対する金融検査は、銀行法二五条一項、大蔵省組織令四条二項等に基づき、銀行の業務の健全かつ適正な運営を確保するため、金融機関の経営等を監督している銀行局や証券局等から独立した大臣官房金融検査部において、検査対象銀行の資産、負債及び重要物件の実態をそのままの姿で把握するため、予告をすることなく、まず現物検査を行い、その後、実地調査などの次の検査段階に入るという過程をたどるものであって、その検査日時等を事前に対象銀行に漏洩するがごとき行為は、金融証券検査官の秘密保持義務(金融検査規程一九条)に違背するのはもとより、金融検査自体を骨抜きにする可能性があるもので、金融行政を著しく阻害するものである。また、現実に事前漏洩等をせずとも、金融証券検査官としては、対象銀行との間では、常に一定の距離を保ちつつ、疑惑を持たれることがないよう厳しく自らを律すべきであり、将来の検査について、便宜な取り計らいを受けたいとの思惑を有する銀行側の接待を受ける行為は、検査制度の存在意義を根底から覆しかねないものである。

被告人は、大蔵省の金融検査部局と大手都市銀行のモフ担との間に長年続いてきた構造的な癒着に規範意識を著しく鈍磨させ、本件各犯行に及んだものであって、大蔵省銀行局及び大臣官房金融検査部の課長補佐、あるいは金融証券検査官として、金融行政及び金融検査等に携わる地位にあって、職務の廉潔性が求められる立場にありながら、各銀行から接待等を受けてきたものである。

被告人は、平成五年九月から平成九年九月までの四年間に、前後九一回にわたって接待等を受けたものであって、収賄金額は、合計で四四七万二九四一円もの多額に及んでおり、正に、接待漬けというべき状態にあった。また、本件犯行の中には、同僚が過剰接待によって懲戒処分を受けた当日にも接待を受けたものや、時には、被告人の方から自ら接待を求めたり、現金供与の要求にも等しい飲食代金のつけ回しをしたものもあり、犯行態様としても悪質である。

本件犯行の結果、被告人は、職務上知り得た秘密である金融検査の日時等の内部情報を事前に漏洩したり、他の銀行の財務内容を知りたいとの要望に応じ、日本銀行の考査報告書の写しを交付するなどの便宜を図っており、前述のとおり、金融行政を著しく阻害したものといえる。のみならず、本件犯行により、金融検査部と銀行との癒着の根強さを露呈し、金融行政あるいは公務員一般に対する国民の信頼を著しく失墜させたものであって、その社会的影響は極めて大きい。被告人は、金融検査の日時は、銀行側でも大方予想がつくし、推量で答えたものもあるなどと弁解し、あたかも弊害がなかったかのごとくいうが、先に述べた金融検査の目的や方法に照らし、受け入れられない主張である。被告人と銀行との癒着は、複数の銀行から、接待を重ねれば便宜を図ってくれる者であるとの評価が被告人についてなされ、その評価が代々の大蔵省担当者へ引き継がれているほど根強いものであった。

ところで、弁護人は、本件は、長年にわたる銀行業界の大蔵省職員に対する接待慣行の一端であって、被告人のみに責任を負わせるのは酷であり、被告人は、その社会的制裁を一身に背負ったとの感を免れないなどと主張する。しかしながら、大蔵省自体も重い責任を負うことはもちろんであるが、何もこのような慣行に身を委ねなければ、金融証券検査官等としての職務を十分に全うできないとか、被告人の大蔵省内での地位や処遇に影響を与えるとは、到底考え難く、慣行の存在等が被告人の責任を軽減する事情にはなり得ないというべきである。

以上の諸事情に鑑みると、被告人の刑事責任には、重いものがあるといわざるを得ない。

しかしながら他方、被告人は、三〇年近くにわたり、有能な職員として大蔵省に勤務してきたことも事実であること、本件の発覚により大蔵省を懲戒免職され、マスコミや社会一般から強く非難されるなど一定の社会的制裁を既に受けていること、被告人は、本件を反省していること、再就職先も内定して、家族の協力を得て再出発をはかろうと決意していること、前科前歴がないことなど被告人のために酌むべき事情も認められる。

そこで、当裁判所は、これらを総合考慮し、主文掲記の刑に処するとともに、その刑の執行を猶予することにした。

よって、主文のとおり判決する。

(私選弁護人中山博善 求刑 懲役三年・追徴金四四七万三一九三円)

(裁判長裁判官 山崎 学 裁判官 原田保孝 裁判官 高木順子)

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